影が薄い人

ごきげんよう。
こんにちは。

心理カウンセラーの萩原あみです。
調子はどうですか?

 

 

影が薄い人

 

 

子供の頃、私は「影が薄い人」として
生きてきました。

目立ちたくなかったので、
居るのか居ないのか分からないように
ひっそりと暮らしていました。

分かりやすく言うと、
喋らないようにしていました。

自分で選んでしてきたことなのに、
影が薄い自分が嫌でした。

 

今の私は、
「影が薄い人」と言われませんし、
誰も思っていないと思います。

むしろ、
「昔はヤンチャだった」
「明るくて派手だった」
と思われがちです。

 

担当しているお客さんの中で
自分のことを「陰キャラ」と
言う人がいます。

その人を見ていると
子供の頃の自分を見ているようです。

でも、その人は
私が自分と似ているなんて
思いもしないでしょう。

 

生きていると
人から見られるイメージが
変わるものですね。

 

なぜ私は子供の頃と今とで
イメージが変わったのかというと、
「自分は人からどう見られたいのか?」
を意識し、演じてきたからです。

幸い、私は昔から演技は得意でした。

 

私は「影が薄い人」と人から見られたいわけではなく、
「面白い人」と人から見られたいので、
そう見られるように振る舞っています。

願わくば、
「なんだか分からないけど凄そうな人」
と見られたいと思っています。

 

先日、親から親戚の話を聞きました。

私のことを
「幸せになってほしい」
と言っていたらしいのですが、
その前に、親戚の人は
私の名前を忘れていました。

「幸せになってほしい」と言われてしまうのも
「今は幸せじゃない」と言われているようで
残念な話だと思っているのですが、
何よりも私の名前を忘れているのが
残念な話です。

「影が薄い人」だということです。

 

その親戚の人とは
何十年も会っていないので、
まだ居ない人のように振る舞っていた
私しか親戚の人は知りません。

その結果、
親戚の人の中で
私の名前は抹消されました。

 

子供の頃の私しか知らない人にとって、
私のイメージは
「影が薄い人」のままです。

 

そういえば、
小学校の同窓会、中学校の同窓会に
連続で参加したことがありました。

今の私のままで
知らない人(女性)に対してベラベラ喋っていたら、
「萩原ってそんなに喋る人だったっけ?」
と近くにいた元クラスメート(女性)に驚かれました。

そうしたらまたまた近くにいた元クラスメート(男性)が
「萩原は昔から仲の良い子には面白いことを言ってたよ」
と言いました。

それを聞いて、
「見てたのか!」
と思いました。

 

「見てたということは、
もしや、その頃私のことが
好きだったのでは?」
と、余計な想像をしていました。

 

同窓会に出たことで、
学生時代は暗黒の時代だったことを
色濃く思い出したため、
それから同窓会には行かなくなりました。

私のことを「影が薄い人」と思っている人たちとは
極力会いたくないと思っている自分がいます。

これからも
人から見られたいキャラを
演じていきたいと思います。

 

 

ごきげんよう。
ではまた。

萩原あみ

 

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揃いも揃って

ごきげんよう。
こんにちは。

心理カウンセラーの萩原あみです。
調子はどうですか?

 

 

揃いも揃って

 

 

職場関係のAさんとBさんは
同年代で、いつも軽口を叩きあっています。

傍から見ると、とても仲良しに見えます。

 

退社時間にAさんとBさんが
お喋りしている中、
私はAさんとBさんのカップが
飲み物を残したまま放置しているのを
見つけました。

この光景は今までもよくありました。

 

私はAさんとBさんに
「揃いも揃って飲み物が残ったままの
カップが置きっぱなしですよ」
と言いました。

 

Aさんは
「『揃いも揃って』って、
もっと他に言い方があるでしょ?」
と言いました。

私は
「悪い意味で言ったわけではないですよ。
『揃いも揃って』って言ったら
嬉しいかと思って」
と言いました。

Bさんは
「俺は嬉しいよ」
と言いました。

Aさんは
「そうなの?」
と驚いていました。

 

このやり取りで、
「そっか、『揃いも揃って』って、
言われて嬉しくない言葉なんだ」
と思いました。

「揃いも揃って」をググってみたら、
「同類のものがそろっていることを強めていう言葉。
多くは悪い意味に用いる。」
と書いてありました。

やはりAさんが感じた通り、
悪い意味に用いる言葉だそうです。

サーっと血の気が引きました。

お二人に失礼なことを言ってしまいました。

 

まあ確かに
飲み物が入っているカップをずっと放置している
行為に対して「揃いも揃って」と言うのは
言葉としては間違っていないと思いますが、
私は「二人は似た者同士ですね」と
伝えたかっただけで、
全然悪い意味で「揃いも揃って」と言ったわけでは
ないのです。

今回Aさんから指摘されたことで
「揃いも揃って」という言葉について
考えることができました。

 

もし私が誰かから誰かとのことで
「揃いも揃って」と
言われたらどう思うのか考えました。

確かに、
褒められた感じはしません。
「揃いも揃って」と言った人が
「全くもう~」という気持ちを込めて
発した言葉なのかなと思います。
もしかしたら言葉の内容によっては、
見下された気分になるかもしれません。

何気なく使った「揃いも揃って」
という言葉ですが、
私は潜在意識の中で
お二人のカップが放置してあるのを見て
「全くもう~」と思ったのかもしれません。

 

自分では気づかなくても
どんな言葉をチョイスしたかで
本音が出てしまうことがあります。

咄嗟に出た言葉ほど
本心・本音なのでしょう。

今回Aさんから指摘されなければ
当たり前のように使い続けていたかも
しれません。

今後
「揃いも揃って」という言葉は、
あまりいい意味では使わないということが分かり、
そして言われた人も気分を害しますので、
「揃いも揃って」という言葉を
もう使わないように心がけます。

 

今日の内容の動画はコチラ↓

 

 

ごきげんよう。
ではまた。

萩原あみ

 

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初めて2人で会う日は緊張します

ごきげんよう。
こんにちは。

心理カウンセラーの萩原あみです。
調子はどうですか?

 

 

初めて2人で会う日は緊張します

 

 

大勢で出掛けたり話すほうが好きな人と、
2人で出掛けたり話すほうが好きな人と
いると思います。

私は完全に後者です。

 

大勢で出掛けたり話すときは
私はほとんど話しません。

いるのかいないのか
わからない存在になります。

飲み会やパーティーなど、
両隣の人が私とは別の隣の人と話し、
1人ポツンとなることがよくあります。

 

2人で出掛けたり話すときは
相手は私しか居ないので
結構喋ります。

一緒にいる人が楽しいと思えるかどうか
責任重大なので、
その人を笑わせよう、楽しませようと
頑張ってしまいます。

 

大勢でいるときは
自分の話はほとんどせず、
誰かの話にツッコミを入れたり、
誰かの話に対してボケてみたり、
間間に言葉を挟むのが
私のスタイルです。

2人でいるときは
相手の話も聞きますが、
自分の話をします。

 

友達の中でも
グループで会いたい人と
2人で会いたい人とに
分かれます。

2人で会うほうが
親密になれますので、
より親しくなりたいと思う人が
2人で会いたい人に
カテゴライズされるのでしょう。

 

私はあまり人を誘いませんが、
誘う場合は
いつも1人を誘います。

 

高校の友達は
「じゃあ、◯◯も誘う?」
とグループで会いたがる人が
多いです。

以前は断る理由もないので
「いいよ」と言ってましたが、
ここ最近は断ったり、
「誘いたかったら誘ったら」
と友達任せにしています。

グループで会いたかったら
友達発信で誘いたい人を誘えばいいと
思っています。

動画でもこれについて話をして
コメントを求めたのですが、
私よりも友達側の考えの方のほうが
多いことがわかりました。

 

 

グループで会うよりも2人で会うほうが好きなのですが、
初めて2人で会う日は緊張します。

これは同性異性関係なく、です。

 

あまりにも緊張しすぎて
遅刻をするくらいです。

この遅刻をしてしまう習性は
直さないといけないですね。

 

初めて2人で会って、
楽しんでもらいたい
喜ばせたい
笑わせたい
また2人で会いたいと思ってもらいたい
という思いがワーッとなって
頭いっぱいになって
緊張しすぎて遅刻してしまうのです。

 

もう自分は何様なんだと
思います。

私はお笑いのプロでも何でもなく、
人を笑わせたいと思っているだけの
面白くもなんともない人間です。

相手は私に何も期待していません。

 

大事なのは
私が楽しむことです。

私が楽しかったら
それが伝染して
相手も楽しくなるのです。

 

これから初めて2人で会います。

たくさん楽しみたいと思います。

 

ごきげんよう。
ではまた。

萩原あみ

 

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私は傷つけてしまった

ごきげんよう。
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心理カウンセラーの萩原あみです。
調子はどうですか?

 

 

私は傷つけてしまった

 

 

「私は傷ついている」という記事を書いたばかりですが
私はある人を傷つけてしまいました。

 

私は傷ついている

 

カウンセリングにおいて
忘れてはいけないことは、
目の前のクライエントの
味方でいることです。

 

例えばクライエントが
Aさんについて話しているとします。

Aさんにこんなことを言われた。
Aさんからこんなことをされた。
などなど。

つまり、
クライエントはAさんについて
否定的な感情を持っています。

 

そこでカウンセラーが
クライエントの話を聴いて、
クライエントよりもAさんのほうが
共感できると思ったとしても
Aさんを庇ったりフォローするのではなく、
目の前のクライエントの味方で
居続けることです。

もしAさんの言動の方が理解できると思い、
カウンセラーがAさんの肩を持ってしまったら、
クライエントとの信頼関係が崩れます。

あくまでも
目の前のクライエントのことを考えて
反応することが大事です。

 

今回私が人を傷つけてしまったのは
カウンセリングの中での話ではありませんが、
その人と対立した意見を持っている人に対して
「そうですね」と私が同意したことで、
その人は傷ついてしまいました。

 

その人が怒っていたので、
最初対立した意見を持っている人に対して
怒っているのかと思いましたが、
その人は私に怒りをぶつけました。

最初、
「あっ、私に怒っているんだ」
とびっくりしましたが
私が自分よりも相手の方の肩を持っていると
その人は感じて怒りを覚えたようです。

 

その時私は
対立した人の意見の方が正しいと思って
肩を持っていたわけではなく、
その人の意見を一通り聞いて上で
「そうですね」と相槌を打ったまでです。

それでお互いの意見を聞いて
調整しようと思ったのですが、
それ以前にその人は私に怒りを覚えて
プイッとそっぽを向いてしまいました。

 

もしかしたら、
その人は私が味方してくれるはずと
期待していたのかもしれません。

でも、その期待に反して
対立した意見の人の話を受け入れている
私の態度にショックを受けたのかもしれません。

 

私の調整の仕方が甘かったと
反省しました。

 

その時その人は私を避けるように
出て行ってしまいましたが、
後日、謝りに来ました。

 

「感情的になってすみません」
と言われましたが、
私がその人を傷つけたことには
変わりがないので、
「嫌な思いをさせてすみませんでした」
と私も謝りました。

 

傷つけるつもりはなくても、
人を傷つけてしまうことがあります。

その度に私は
「何てことをしてしまったのだろう」
とめちゃくちゃ反省します。

今回はお互いが謝って
「もうこのことは忘れましょう」
と言うことで話は収まりましたが、
カウンセリングの中で
このようにクライエントを傷つけたら
二度と会えない可能性があります。

 

そうならないためにも
普段から人を傷つけないための
配慮が必要であり、
相手の気持ちを汲む力を
養おうと思っています。

 

ごきげんよう。
ではまた。

萩原あみ

 

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私は傷ついている

ごきげんよう。
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調子はどうですか?

 

 

私は傷ついている

 

 

知り合いがある人から
「(あなたのせいで)私は傷ついている」
と言われました。

それを聞いた知り合いは、
「こっちだってあなたからいろいろ
文句を言われて傷ついているよ。
そんなのお互い様だ」
と思ったそうです。

 

もし知り合いが正直に思ったことを
そのまま相手に伝えたら
どうなるでしょうか?

喧嘩になるでしょうね。

 

では、
「私は傷ついている」と言われたら
何て言うのが喧嘩にならないのか
知り合いはわからないと言ったので
「ググってみては?」
と提案しました。

 

知り合いはいろいろググってみたようですが、
答えに辿り着かなかったようです。

 

「ググっても答えが出ないのか!」
と私はびっくりしたので、
ちょっと今からググってみます。

 

ググりました。

このようなサイトが出てきました。↓

人に傷つけられたとき、自分が人を傷つけたとき……心をラクにするには

彼女を傷つけた時の対処法8選

 

やっぱり検索すれば出てきますね。

知り合いが検索しても出なかったのは、
そもそもその相手に対して
申し訳ないという気持ちが
希薄だったからのような気がします。

 

私は傷つきやすい性格ですが、
その原因となった人に
「私は傷ついている」
と真剣に言った記憶がありません。

だから
「私は傷ついている」と言う人の
真意はどこにあるのかは、
想像になります。

 

思うに、
「私が傷ついていることを分かって欲しい」
「さらに出来れば謝ってほしい」
という気持ちではないでしょうか?

 

だから
「私は傷ついている」
と言われた側は、
その人の話をとことん聞いて、
「ごめんなさい」と謝罪するのが
一番の対処方法だと思います。

 

そして、同じことを繰り返さないように
気をつけることです。

 

一方、なぜ私は
「私は傷ついている」と
相手に伝えないのだろう?
と思い、考えてみました。

 

よくよく過去を振り返ってみたら、
私に直接罵倒してくる人がいました。

その時私はその人に
「酷いよね」
と言いましたが、
「私は傷ついている」
と言ったことはありません。

その時相手はかなり感情的になっているから
言っても仕方がないと思って
自分が傷ついていることを
伝えないのだと思います。

 

少し前にその人から
2時間位罵倒されましたが、
その後本人はケロッとしていました。

その人は
「私は傷ついている」という気持ちを込めて
私を罵倒し続けたのかもしれません。

そうなると、
その時相手の話を聞いて理解を示し、
謝ったほうが良かったのは
私の方ということになります。

もしそうしていたら、
私は2時間近く罵倒されなくても
済んだかもしれません。

 

やはり
「私は傷ついている」という言葉が
なかったとしても、
相手が感情的になって
自分に対して怒っていたら、
相手の話を聞いて
「ごめんなさい」と謝る
ことに尽きますね。

 

カウンセリングの中でも
クライエントを傷つけてしまうこともあります。

 

 

ごきげんよう。
ではまた。

萩原あみ

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◯◯が嫌い

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◯◯が嫌い

 

 

私が不在のときにお客さんが
「クリスマスプレゼントです」
と言ってチョコレートを女性スタッフに
渡したそうです。

その時お客さんは、
「萩原さんはチョコレートが嫌いだから、
クッキーにした」
と言っていたそうです。

私はその話を後日、
同僚のAさんから聞きました。

 

「萩原さんはチョコレートが嫌い」
と言うくだりで、
「???」
と思いました。

なぜ私がチョコレート嫌いだと思った?
私はそのお客さんとチョコレートの話を
した覚えがないけど?
それは誰からの情報?

 

Aさんからも
「萩原さんはチョコレートが嫌いって言われて
ん?そうだっけ?と思ったんだけど
そのまま聞いてた」
と言われました。

 

それはそうです。

私は今まで職場でチョコレートを
バクバク食べてきましたが、
人が何を食べて、何が好きかなんて
把握していません。

だからAさんも
「萩原さんはチョコレートを食べますよ」
と自信を持って言えなかったのでしょう。

 

それにしても、
わざわざ「私はチョコレートが好きです」
と宣言したことはありませんが、
なぜチョコレートが嫌いという嘘の情報が
そのお客さんに流れてしまったのでしょうか?

むしろ、今年のバレンタインで、
あるスタッフが男性にはチョコレート、
女性にはアメを配っていたのですが
「私もチョコレートがいい~」
と心ひそかに思っていたほど
チョコレートが好きです。

 

 

多分、誰かと間違っているのだと思いますが、
他のスタッフでもチョコレート嫌いの人はいないので、
やっぱり謎です。

 

私はチョコレートもクッキーも好きなので、
女性スタッフとお菓子を交換しながら
食べようと思います。

お客さんが勘違いをしてくれたおかげで、
チョコレートとクッキーの両方をいただけるので
嬉しいことです。

 

少し前の話ですが、
上司がシャーベットを買ってくれました。

チラリとシャーベットの蓋を見たら、
「マンゴー&パイナップル」
と書いてありました。

 

 

すぐさま
「すみませんが、私はこれ、
食べられません」
とお返ししました。

 

それから
またまた私が不在のときに
同じ上司がお土産にどら焼きを
買ってきました。

その時私の同僚のBさんに
「萩原さんはアンコ食べられるかな?」
と聞いていたそうです。

Bさんは一応
「食べられるんじゃないですか?」
と答えたそうです。

 

その上司は私にお土産を渡す時も
「萩原さんはどら焼き食べられる?」
と聞かれました。

「何で?」と思いながらも
「好きですよ」
と答えました。

 

 

「好きですよ」は
せっかく買ってくれたことに対しての
リップ・サービスです。

 

後でBさんから
「萩原さんはアンコ食べられるかな?」
と上司から聞かれたから
「食べられるんじゃないですか?」
と答えたと教えてもらいました。

私は今まで職場でアンコを
バクバク食べてきましたが、
確かに「アンコが好き」とは
宣言していません。

しかし、
「アンコが食べられない」とも
言ったことがありません。

 

なんだか私は偏食だと
思われているのかもしれません。

もしくは、甘いものが苦手だと
思われているのかもしれません。

そこそこなんでも食べられると
自分では思っていますけどね。

 

チョコレートもアンコも
好きですししょっちゅう職場で
バクバク食べていますが、
人は人が何を食べているのか見ていないですし、
人の好き嫌いもイメージや思い込みで
決めつけてしまうところがあるのだなと
今回のことで感じました。

 

ごきげんよう。
ではまた。

萩原あみ

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優柔不断

ごきげんよう。
こんにちは。

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調子はどうですか?

 

 

優柔不断

 

 

自分では優柔不断だと思っています。

子供の頃からです。

 

過去を振り返ってみると、
子供の頃の優柔不断は
「これを選んだら周りの人はどう思うのだろうか?」
「これを選んで正解なのだろうか?」
と、そこには自分の意思はほとんどなく、
外部のことばかり考えていました。

周りの人がどう思うのかが
気になって気になって
仕方がありませんでした。

 

経営者に必要なこと、
成功者に必要なことは
「決断による集中」
だということを知り、
できるだけ迷わずに
早く決断することを
今は心掛けています。

まず自分に出来そうなことは、
「何を食べるか」
というメニュー決めです。

 

子供の頃はそれですら
なかなか決められませんでした。

周りの人、特に
お金を出してくれる親に
気を遣っていました。

だからいつも
家族で外食する時は
兄弟と同じものを注文していました。

 

これも「生まれつき性格」
なのかもしれませんね。

 

 

1人で食べる時は
早くメニューを決められるようになりましが、
人と食事をするとき、
特に食事をシェアするときは
「私はこれが食べたい」
と今でも言えません。

嫌いな食材・料理だけ伝えて、
あとは人が注文したものを
食べています。

 

もっと優柔不断になってしまうのは
食事や飲みに行くお店を
なかなか決められません。

「私はこのお店に行きたい」
と今でも言えません。

 

1人で食事をするときは
その場でGoogleで検索して
予算を考えつつ
お店を決めることができるのですが、
自分以外の人がいると
自分を消そうとします。

もうこれは性分なのでしょう。

 

人は一人でいる方が楽な人と、
人と一緒にいる方が楽な人と
2つに分かれますが、
私は完全に前者です。

人と関わった途端に
ドッと疲れます。

 

人といると
自分の意思や欲求を
ほどんどその人に捧げてしまいます。

その結果、メチャメチャ受け身になり、
人と別れた後ドッと疲れます。

 

人に対して
自分の意思や欲求を言えるのが
とても羨ましいと思う反面、
そんなに人に
自分の意思や欲求を言いたいと
思っていないから
自分はできないというか、
しないのだろうなとも思います。

 

知り合いで、
メチャメチャ自分の思ったことを
その人がいる前で
はっきり言う人がいます。

批判や否定の内容に関しては、
さすがに本人に直接
言えないのでしょうけど、
確実に本人に聞こえるくらいの声で
言っているので
本人にいっているのと同じです。

 

そのたびに
「すごいな」
と思います。

羨ましいとも
私もそうなりたいとも
思いませんが、
人がどう思うかを考える気持ちよりも、
自分はこう思うという気持の方が
強いのでしょう。

 

大きな性格の違いを感じます。

 

優柔不断も
良い悪いではなく、
特徴の1つです。

これからも
仕事に関してと
自分1人が食事をするときは
決断を早くして、
誰かと食事をするときは
相手に委ねようと思います。

ただ、
相手もなかなか決められない人であったら
頑張って私が決めようと思います。

後になって相手から
「やっぱりあっちのお店の方が良かった」
と言われても、
一時の感情ですから
気にしないで聞き流そうと思います。

 

ごきげんよう。
ではまた。

萩原あみ

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出会いと別れ

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調子はどうですか?

 

 

出会いと別れ

 

 

誰かと出会うと、必ず別れが来ます。

 

個人的に誰かと出会うことは
「この人は自分の人生に
何らかの意味をもたらしているのだろうな」
と思っています。

1人の人に出会う確率って
とてつもなく低いですからね。

 

こちらは人ではなく、
映画館との出会いと別れについて
語っています。↓

 

 

1年くらい前に
私はAさんに出会いました。

Aさんと出会ってすぐに
「どうして私はAさんに出会ったのだろう?」
と疑問でした。

考えても、考えても、
その答えは出ませんでした。

強いて言えば、
Aさんは今までの私の環境では
決して出会わないタイプの人だったので、
「こういう人も世の中にはいるんだよ」
と教えてくれるためなのかなと思っていました。

 

Aさんに出会ってから、結構日常的に
Aさんと関わる頻度が多くなりました。

Aさんと関われば関わるほど
「どうして私はAさんと出会ったのだろう?」
という気持がどんどんどんどん
強くなりました。

強いて言えば、
Aさんと関わることを脱するために
「あなたは今すぐにでも
この環境から離れないといけないよ」
と教えてくれるためなのかなと思っていました。

 

あなたは、
「なぜこの人と出会わなくては
いけなかったのだろう?」
という人はいましたか?

 

過去を振り返ってみると、
1度そういう人に出会ったことがあります。

その人とは職場が一緒だったので、
毎日顔を合わせていました。

そのころの私は、
その人の存在を感じるだけで
イライラしていました。

 

そのころの私はお箸の持ち方が
正しくありませんでした。

お昼を食べている時に、
その人のお箸の持ち方が
私と全く同じことに気づき、
「この人と同じお箸の持ち方は嫌だ!」
と思いました。

それまでどんなに直そうとしても
お箸の持ち方が直らなかったのに、
今回初めて正しくお箸を持てるようになりました。

私がその人と出会った意味は、
「正しくお箸を持てるようになるため」
だったのだなと納得しました。

 

Aさんのことはその人に対してほど
嫌っているわけではないのですが、
「私の人生で出会う必要のない人なのでは?」
とずっと思っていました。

 

Aさんとの別れが
ある日突然やってきました。

予定に反して、
私から離れるのではなく、
Aさんの方から離れていきました。

 

Aさんが去ってから、
「Aさんと出会った意味は
何だったのだろう?」
と考えてみましたが、
未だに答えが出ません。

もしかしたら、
Aさんとの出会いは、
出会わなくてもいい
出会いだったのかもしれません。

 

そうだとしたら、
この人生の出会いと別れの中で、
こんなに誰かと出会うことは
とても低い確率で、
ある意味奇跡的なことなのに、
間違いというか、
意味のない出会いも
中にはあるのかもしれません。

 

少し関りができた人に対して、
「この人との出会いは
どういう意味があるのだろうか?」
と考えるのですが、
考えても答えが出ないときは、
その人との縁が終わったら
さっさと忘れようと思います。

 

忘れることも能力であり才能です。

それを最大限に利用しようと思います。

 

ごきげんよう。
ではまた。

萩原あみ

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案ずるより産むが易し

ごきげんよう。
こんにちは。

心理カウンセラーの萩原あみです。
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案ずるより産むが易し

 

 

「案ずるより産むが易し」
の実体験をちょこちょこやっています。

どうも心配性というか、
行動を起こす前に不安になって
あれこれ考え込んでしまう癖があります。

 

先週、お客さんから
ある頼み事をされました。

その前に私は、
お客さんのためには
この方が良いのではないかと
判断したことがあり、
意を決して7月に上司に打診したのですが、
あっさりと「現状維持で」と言われ、
玉砕したことがあります。

 

翌月の8月、
上司が私のした打診話を持ち出したので、
「OKがもらえるのかな?」と思い、
もう1回上司に打診したのですが、
「そうだよね~」と話をぼやかされ、
またまた玉砕しました。

上司とそのようなやりとりがあったことを
先週そのお客さんにお話したら、
「自分からの依頼として
再度上司に話してください」
と言われました。

 

そう、お客さんから依頼されたきっかけは、
そもそも私の発言が原因です。

 

私としては、
夏頃に2度も断られているため、
また同じことを言うことに
正直躊躇していました。

そうしたら、
そのお客さんは毎日のように
「自分からの依頼として上司に話してください」
「上司に伝えましたか?」
と私に聞いてくるようになりました。

 

私は上司に話せるタイミングを見計らっていたのですが、
なかなかそのような状況にならなかったということと、
3度めの依頼ですから、どんな言い方をすれば案が通るのか
あれこれ考えて慎重になっていたので、
お客さんには
「なかなか話すタイミングがなく、まだ話せていません」
「少しお待たせするかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
と返事をしていました。

 

今週に入っても毎日お客さんから
「自分からの依頼として上司に話してください」
「上司に伝えましたか?」
と相変わらず私に聞いてくるので、
「こりゃあなるべく早く上司に伝えないといけないな」
と思いました。

それまでは
上司と2人きりになれるタイミングを図っていましたが、
「いや待てよ、
今まで上司にしか話していないから
提案を却下されてきたけれど、
逆に関係のあるスタッフにも一緒に聞いてもらったほうが
提案が通るかもしれない」
と思うようになりました。

ちょうどミーティングがあったので、
恐る恐るスタッフがいる前で
上司に「お客さんからの依頼で・・・」
と切り出して、3回目の要望を伝えました。

 

そうしたら周りのスタッフが
「いいんじゃない?」と即言ってくれて、
上司も「いいよ~」
と軽く承諾しました。

あっけなく、すんなりと話が通りました。

まさしく、「案ずるより産むが易し」、です。

拍子抜けしました。

 

1週間近くも思い悩んだのに、
5秒で結論が出ました。

まあ、とにかく
夏前から考えていた案が通って
良かったです。

 

 

ごきげんよう。
ではまた。

萩原あみ

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拘らなくなりたい

ごきげんよう。
こんにちは。

心理カウンセラーの萩原あみです。
調子はどうですか?

 

 

拘らなくなりたい

 

 

拘らなくなりたいです。

子供の頃は養育者、
つまり親の場合が多いと思いますが
その養育者の言葉が絶対だと思います。

もしかしたら親の言うことに
おかしいな?
辻褄が合わないな?
と、たとえ思ったとしても
ほとんどの人は親に従います。

 

それは、
親に逆らったら
自分は生きていけないと思うから。

そして親の価値観がそのまま自分に
コピーされます。

 

それは自分が本当に望んでいることなのか、
それとも親の期待に応えようとしているだけなのか、
見分けがつかなくなります。

 

そして親が設定したゴールを過ぎてしまうと
自分で考えなければいけなくなり、
自分が何をやりたいのか
自力で考えることができないことに
気付きます。

反抗期がない人ほど
その苦悩に陥りがちです。

 

やはり思春期に思いっきり親に反発し、
自分自身を主張し、
それを実行することができないと
親をお乗り越えられないと思います。

 

私はどうだったかというと、
物心ついていない頃に
第一次反抗期があったみたいです。

口汚いことを
周りの大人たちに言っていたそうです。

 

物心がついてからの私は、
母親が怖くて怖くてたまらなかったので、
だから一切誰にも口答えせず、
自分の意見を言わないまま
成長しました。

なので自分は何が欲しいのか、
何をしたいのか分からないまま
育ちました。

 

自己否定感が強かったので
自分は人間の底辺だと思っていましたし、
自分は劣っていて間違っていて、
周りが正しいと思っていました。

意識上では自分のことが大嫌いでしたが、
心の奥底では自分が壊れないように
防衛していました。

 

ある時学校の課題で
1週間新聞の記事を読んで
内容をまとめるというのがありました。

普段新聞を読まないので、
私にとって新聞は読みづらく、
何が書いてあるのか、
さっぱり分かりませんでした。

 

一方、私の母親は
毎日新聞を読んでいました。

だから母親は
世の中のニュースに精通していると
思ったのです。

 

私は新聞記事で意味が分からないところを
抜粋して、母親に聞きました。

そうしたら母親は、
何一つ答えられませんでした。

 

私はそれにショックを受け、
「あ、親ってたいしたことないんだ」
と感じた瞬間でした。

 

子供はいつか
親はたいしたことがない、
親も未熟であることに
気付く時が来ます。

その時が
親を乗り越える、
親の呪縛から解放される
いいきっかけだと思います。

 

ああ、親が正しいわけじゃないんだ。

親の言うことを聞かなくてもいいんだ。

親はたいしたことないんだ。

親が一方的に強いわけでも
優位なわけでもないんだ。

 

もうそれに気づいたら
親子は上下関係ではなく
同等な関係で話していいと思います。

 

私と同じ生まれつき性格の方は、
敏感で繊細でガラスのハートの持ち主なので、
特に親の価値観は絶対と思いがちです。

 

 

だからこそ
どうか、どうか、そのようなタイプの子に対して、
親御さんは自分の価値観を強引に押し付けずに
子供が自由に安心できる空間を
作ってあげてほしいと切に願います。

 

ごきげんよう。
ではまた。

萩原あみ

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